アニメに学ぶ「親鸞聖人」

親鸞聖人、9歳での出家の動機は何か?

【Q】
 今日、世の多くの人々から、「世界の光」と仰がれている、浄土真宗の祖師・親鸞聖人は、わずか九歳で出家されています。その動機は、一体どこにあったのでしょうか。

【A】
 親鸞聖人のご幼名は松若丸と言われました。四歳で、父君・藤原有範卿と悲しい別 れをなされ、以後、杖とも柱とも頼みとしておられた母君・吉光御前も、八つの時に亡くなられ、天涯孤独の身となられた松若丸は人の世の無常を強く感じられたのです。「父上も亡くなった。母上も死んでしまった。今度、死ぬ のは自分の番だ。死ねばどうなるのだろう……」と後生暗い心に驚かれたのが、九歳の御時でした。
範綱「どうしても出家したいのか」
松若丸「はい。次は私が死んでいかなければならないと思うと、不安なんです。何としても、ここ一つ、明らかになりたいのです。どうか、お許しください」
 範綱卿に手をひかれて、青蓮院の慈鎮和尚を訪ねられたのです。「わずか九歳で出家を志すとは尊いことじゃ。そなたならきっと立派な僧侶となられるだろう。明日、得度の式をあげよう」という慈鎮和尚の言葉に、松若丸は、一首の歌で返されました。

 明日ありと 
   思う心のあだ桜 夜半に   
      嵐の吹かぬものかは

松若丸「今を盛りと咲く花も、一陣の嵐で散ってしまいます。人の命は、桜の花よりもはかなきものと聞いております。明日と言わず、どうか今日、得度していただけないでしょうか」
 切々たる松若丸の心情が、慈鎮和尚の胸を打ち、その日のうちに、得度の式をあげることとなったのです。
 「明日がある」と私たちは、固く信じて生きています。だからこそ、明日の予定を考えるのです。朝は六時に起きて食事を済ませ、九時までに出社し、期限が迫っている仕事は午前中に片づけて、午後からは……と計画を立てています。そんな毎日が、ずーっと続いてゆくように思っていますが、果 たしてそうでしょうか。期待通りにいつまでも、「明日」がやってくるならば、人は、永遠に死なないでいられることになります。しかし実際は、「明日も生きておれる」と信じていた人が今日、交通 事故や病などで亡くなっているのです。「明日あり」と思う心は私たちの迷いであり、今晩、死ねば今宵から、たった独りで後生へと突っ込んでゆかねばなりません。
 生ある者、必ず死すと言われるように、死は何人にも否定できない厳粛な事実であると同時に、いつやってくるか分からない未来なのです。 誰でも、親や兄弟姉妹、親戚 、友人などの死に出会うと泣きます。「もう再び会えないのだなあ、話もできないのだなあ」という別 離の哀しみもありますが、「自分もいつか必ず、再び帰っては来られない遠い旅に、たった一人で旅立たねばならないのだなあ」という恐ろしい淋しさから、自分のために流す涙でもあるのです。
 しかし、遺体の前では泣きますが、それもその時だけです。自分だけで自己の死と対面 し、死を考えようとはしません。恐ろしいからです。
 病気が怖い、老いが怖い、失敗が怖い、地震が怖い、核戦争、公害、食糧危機、人口問題、エネルギー危機といっても、その根底には死があるからです。
 死という核心に触れるのは余りにも恐ろしすぎるので、それに衣を着せ、やわらげたものに対面 しようとしているのですが、誰にでも死は確実に訪れます。それは、今日の次には明日が来るし、春の次には夏が来るように、万人がやがて必ず直面 しなければならない大問題です。この死の不安の影につきまとわれている人間に、真の幸福が味わえるはずがありません。
 では、なぜ死が恐ろしいのか。それは、「死は休息である」とか、「永眠である」とか言ってはいますが、 死んだらどうなるか真実、それがハッキリしないからです。これを仏教では、「暗い後生」といい、「一大事の後生」といいます。親鸞聖人は、この後生暗い心に驚かれたのです。
 死の恐怖は決して死後の世界と無関係ではありません。百パーセント確実な後生に明かりがないのですから、現在も安心できないのは当然です。苦悩の根源は、一大事を抱えた後生暗い心にあるのです。
 親鸞聖人は、「呼吸之頃即ち是来生なり。一たび人身を失いぬ れば、万劫にも復らず。ー乃至ー、願わくは深く無常を念じて、徒に後悔を貽すこと勿れ」(教行信証・行巻)と教えられました。
 一息一息が後生と触れ合っているのだから、一大事の解決を急げ、と叫び続けてゆかれたのです。 この魂の解決をして、死もさわりとならない無碍の大道へ雄飛しないかぎり、本当の幸福にはなれません。 苦悩の元である後生の一大事の解決こそ、生涯かけての最大事であり、全人類究極の目的です。この生死の一大事の解決が、親鸞聖人の出家の動機だったのです。

浄土真宗を学ぶ月刊誌「とどろき」

[home]