柴田秀勝さんに直撃インタビュー

以下は、『完結編』制作後の平成11年にインタビューさせていただいたものです。

録音中の感想をお聞かせください。

『親鸞聖人』シリーズは、第1部から第5部まで、すべて見せていただいてから、今回の仕事に臨みました。親鸞聖人といっても、ただ偉い方としか思っていませんでしたから、アニメを見て初めて、どんな方か分かりました。
 過激と形容してもよいほど、布教ひとすじの親鸞聖人の晩年を、完結編でどう演じるか。台本や参考資料をもとに、私なりに親鸞聖人のイメージを描き出しました。
 録音作業も、テレビ番組では決してなされないような、良心的な方法がとられたので、かなり満足ゆくものになったのではないでしょうか。


良心的な方法といいますと?


普通、アニメの台本を受け取るのは、録音の当日、現場で、です。そして、画面 の絵の口の動きに合わせて、セリフを入れていきます。つまり、仕上がった絵にセリフの寸法を合わせなければなりません。
 しかし今回は、何か月も前に台本をいただき、また、絵がまだ完成しない時点で、セリフのみの録音が始まりました。親鸞聖人のご心情を考えて間を充分にとり、そのセリフに合わせて絵を完成させるという方法をとったのです。通 常のアフレコでは考えられません。制作者のよほどの理解なくしては、実現不可能です。そのおかげで、私のイメージに沿った親鸞聖人を演じることができました。親鸞聖人のご心情に近づける努力をさせていただけたのです。
 さらに台本を作られた方から、二回、三回と、直接ご教導をいただいての本番録音となりました。こんなやり方は初めてです。


三十年の声優生活でも初めてですか。


はい。一番良心的なアニメ制作の方法でしょう。よほどの思い入れがあるのだと、ひしひし感じました。

録音中の柴田さん(中央)

一番気をつけられたところはどこですか。


 やはり語尾ですね。セリフ尻をどう発声するか。『火に焼かれて死ぬ 者もあるでしょう』というセリフは、普通、語尾を下げたくなるのですが、親鸞聖人のお言葉には、かんでふくめるような説得力と優しさが必要と聞き、語尾を上げてみたらどうかとアドバイスをいただきました。はじめは多少の抵抗もあったのですが、完成作品を見て、『なるほど』と感じ、また一つ勉強させていただいた思いです。
 今回のアフレコで、もっとも難しかったのは、間の取り方です。完結編の親鸞聖人には長セリフが多く、その時々のご心情で、すべて違う間合いでなければなりません。長い間合いは、その間、気持ちを持続させることが、とても難しいのです。


完結編では冒頭、親鸞聖人が、現代の葬式仏教や法事仏教をバッサリ斬られる場面 がありますが。


 それほど驚きませんでしたね。アニメの第1部、第2部ぐらいまで見たときに、親鸞聖人は教えを鮮明にするためなら、歯に衣を着せず、ハッキリと物を言われる方なのか・・・と知らされていましたから。


一番困られたのは、どの場面でしょう。


 親鸞聖人が、息子・善鸞の勘当を、お弟子に発表された場面です。そのとき、善鸞へのご心情はどういうものだったのか、親としての思いもあっただろうし、仏法者としての思いもあったでしょう。親として伝えるべきか、仏法者として伝えるべきか、複雑なご心情であられたと思います。それをどう表現したらよいか、大変苦労しました。


いろいろな仏語が出てきて難しかったと思いますが。


 そうですね。やはり仏教の言葉は難しいですね。一番難解だったのは、『歎異抄』第二章を現代語にされた部分でしょうか。

柴田さんの収録があまりに長いので、他の声優は廊下で待ちぼうけ

柴田さんが声優になられたきっかけは?


 驚かれるかもしれませんが、私は幼いころ、吃りだったのです。小学校のころは、私の吃りを直そうとしてか、担任の先生からしょっちゅう当てられて、国語の教科書を読まされましたね。
 大学ではこれを克服しようと、日本大学芸術学部で歌舞伎を専攻したのです。『吃りも歌えば吃らない』の例えです。歌舞伎の台詞はリズムです。『台詞は唄え』が基本ですし、節回しも決まった型があります。
 卒業時、関西歌舞伎に就職が決まっていたのですが、残念ながらこの年、関西歌舞伎は幕を閉じたのです。その後、テレビの世界へ入り、初めて付いた役が、刑事物の新米刑事でした。そして、どのくらいの年月が過ぎたでしょうか、気がついたときには吃りは直り、声優の仕事をこなすようになっていました。


ベテランの声優になられて、今後の抱負は?


 日本語を美しく伝えていきたい。日本語にとって重要な間とリズムを大切に生涯、演じ続けていきたいと思っています。


ありがとうございました。

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